| 江戸末期、徳川幕府が黒船来航で開国を余儀なくされ、西洋の列強に脅威を感じ始めた頃、長州藩の萩の小さな村に、松下村塾という私塾ができました。その塾舎は吉田松陰の生家の納屋を改修した粗末なもので、講義が行われた期間も3年間に満たないものでしたが、そこに百人ほどの若者が集まり、学問に打ち込みました。 |
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そして、ここから明治維新を担った多数の人材が輩出されました。久坂玄瑞、高杉晋作など倒幕運動に一命を捧げた志士たち、あるいは伊藤博文、山縣有朋といった多数の歴史的人物等。その塾で講義をされていたのが吉田松陰その人です。
激動の時代に、松陰は多くの門人たちに天皇を戴く日本の国柄の尊さを説き、そして彼の志は明治維新として結実しました。 |
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私は、なぜ吉田松陰について学ぶのか、はじめはまったく分かりませんでした。明治維新なんて、自分とは関係のない遠い昔の出来事と思っていたからです。しかし、勉強会を重ねるにつれ気づいたことは、松陰先生の教えは人としての生き方そのものであり、時代が変わっても決して変わることのないものなのだということです。
松陰先生は、「我」のためでなく「人」のため、「個」のためでなく「公」のために殉ずる生き方を説かれ、30年に満たない短い人生の中で、自らそのお手本を示されました。
勉強会で学んだ松陰先生の言葉の中で、心に強く残る言葉があります。 |
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「かくすればかくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」
これは赤穂浪士のことを思い詠んだ歌ですが、国禁を犯せば罪人となり死罪になるかもしれないと知りながら、行動を起こさずにはいられなかった松陰先生の心情が重ねられていて、私の胸に残りました。
勉強会を通して、それらをただ学ぶだけではなく、自分の生き方にどのようにつなげられるのだろうかと、私自身模索中ではありますが、この道場に息子を通わせている親として、松陰先生のような「世のため、人のために役立つ人間」になれるよう、息子達を厳しく育てなくてはいけないと思います。今まで「個」のことしか考えていなかった私自身にムチを打って!!学校でも社会でも教わらなかった人としての道をこれからも勉強して、人間として大切なことを教えてやれる親になりたいと思います。 |
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